原因追及をして何が変わるのか
「セイが学校へ行けなくなってしまったのは、学校の指導が厳しいせいだ。ひいては戦後から変わらない教育方法のままの日本の社会のせいだ」
という怒りを強く抱えたまま、発達や心理学を学びながら
セイに付き添って登校したり、家で認知行動療法の真似事をしていたわたしですが、
あるきっかけで心理学をきちんと学ぼうという気持ちが芽生えました。
セイの不登校3年目、小学5年生のときのことでした。
5年生の頃には登校をしない日が増えていました。
わたしも、もう学校に何時間も付き添うことはやめようと決めて
「行けないなら家で勉強すればいいよ」というスタイルに変えていました。
(「いいよ」といいつつ、それが何日も続くと怒りが爆発してしまい「今日も行かないの?!勉強もしてないじゃない!!」と怒鳴ってしまうこともありました。)

心理カウンセラー養成スクールに申し込み、2年半かけて座学とカウンセリングの実技を学び資格を取得しました。
こどものメンタルトレーニングを学ぶ講座を受講した中で学長が
「心理学や発達についてよく学んでいるお母さんこそ、学校教育についての問題などに気付きやすいが、けれども、その問題について議論していてもこどもは良くならない。」
という趣旨のことを言っているのを聞いたとき、ガーンと衝撃が走りました。
「よく学んでいることが良くない」「無意味」と言われたような気がしたのです。
けれど、その言葉の意味はこういうことでした。
「社会はすぐには変われないし、原因を追究しても、こどもは待ったなし。こどもは苦しんでいるままなんです。」
「今、苦しんでいるこどもをどうするか、これからどうしていくかを考える必要があるんじゃないですか。」
確かにその通りです…!
例え、誰が悪いと原因がはっきりしたところで、もしも謝罪を受けたとしても、
こどもが学校へ行けるようになるかというとそうではないのです。
(セイの不登校の原因が誰か第三者のせいだったということではありません。)
このときをきっかけにわたしの考え方は180度変わりました。
教師になるために児童心理学、発達心理学を学ぶ必要はないのか
セイのパニックのために児童精神科を受診したときに
「発達障害向けの育児書を読んでください。発達障害でなくても、育児にとても良いことが書いてありますから」
と言われ、たくさん関連書籍を読みました。

発達障害や、発達心理学などを学ぶほどに、学校の指導の仕方への疑問が強くなりました。先生に聞くと、教職免許取得の過程で児童心理学はほんの少ししか学ばないとのことでした。
それを聞いてなおさら疑問が深まり、日本の政治や社会への不満が募りました。
今も、不登校が増えている背景に『時代がこれだけ急速に変化しているのに、教育業界は戦後から変わっていないということ』がよく言われています。
教師不足も深刻なようです。
教育業界全体が過渡期に来ていて、変化が必要な時なのです。
ですが、セイの時間は過ぎていきます。
社会が変わるのを待っていても、1~2年で大きく変わるはずもなく、かといってそれくらいの時間すら余裕がないほど、子供の成長というのは早いのです。
1~2年の勉強の遅れを取り戻すのにどれだけかかるのか想像もつきません。
そんな風に他責思考でいっぱいだったわたしの考えが変わったのは心理学を学んでからでした。